西条市は、愛媛県の東部に位置する人口58,000人の都市です。西条市は豊富な水資源を背景に100万坪の大規模な臨海工業用地を造成し、半導体製造、ビール工場等の企業誘致に成功しており、交通網の整備と瀬戸大橋、しまなみ街道の開通に伴い、四国の中心都市へ発展しています。
この西条市で催される「西条祭り」は、毎年10月の体育の日の前々日、前日と14日から17日まで嘉母神社、石岡神社、伊曽乃神社、飯積神社で行われます。発祥については定かにはなっていませんが、文献上で屋台(だんじり)が登場するのは、石岡神社祭礼に宝暦7年(西暦1757年)、伊曽乃神社祭礼には宝暦11年(西暦1761年)です。
現在の西条祭りは、戦後の衰退期があったものの、今では屋台(だんじり)や太鼓台(たいこだい)を新調したり購入する地域も増え、西条市内には120台を超える屋台(だんじり)、御輿(みこし)太鼓台(たいこだい)があり、年々盛大になってきています。
◆嘉母神社祭礼(かもじんじゃさいれい)
10月体育の日の前々日・前日
嘉母神社祭礼は西条祭りのトップをきって禎瑞地区の氏子によって行われます。子供太鼓台6台が奉納され、体育の日の前々日は氏子部落内をまわり、体育の日の前日は嘉母神社で6台揃って宮出しを行います。その後氏子部落内5ヶ所で「かきくらべ」を行い、夕刻には再び神社へ宮入り(かきくらべ)を行います。
◆石岡神社祭礼(いわおかじんじゃさいれい)
10月14日・15日
石岡神社祭礼は、氷見・橘地区の氏子によって行われ、屋台27台、御輿2台が奉納されます。14日は自由に行動し、15日は早朝からそれぞれ百余個の提灯が飾られた屋台、御輿が神社境内の桜の馬場に集まり宮出しを行います。その後統一行動で御輿をお供して御旅所を経て氏子部落を整然と巡ります。夕刻には再び神社境内の桜の馬場で一斉にかきくらべを演じ宮入りとなります。
◆伊曽乃神社祭礼(いそのじんじゃさいれい)
10月15日・16日
伊曽乃神社祭礼は、西条祭りのメインであり市内中心部の氏子によって行われます。屋台の数は77台、御輿が4台奉納されます。15日の早朝は百余個の提灯に飾られた屋台や御輿が加茂川橋を渡り宮出しに集まってくる様子はまさに不夜城のようです。16日は77台の屋台、御輿が常心の御旅所に集まります。それぞれ百余個の提灯の輝きに飾られて勇ましい太鼓の音にあわせて進む様子は実に壮観で、豪華絢爛な西条祭りに圧倒されます。その後市内を巡行し、夕刻には加茂川に勢揃いし神輿を奉送します。別れを惜しむ屋台10数台が神輿の宮入りを阻もうと川の中で競り合いを行うシーンは、西条祭りのクライマックスで、やっとの思いで神輿が川を渡ると祭りは終わりを告げます。
◆飯積神社祭礼(いいづみじんじゃさいれい)
10月16日・17日
飯積神社祭礼は、10台の太鼓台が奉納されます。新居浜市の一部大生院地区と下島山、船屋、飯岡の氏子によって行われ、16日は自由行動、17日は早朝宮出しの後、船屋、室川西原川原、渦井川川原と場所をかえてかきくらべを行い、夕刻には神社前川原に勢揃いして宮入りを迎えます。
◆愛媛・新居浜祭り(えひめにいはままつり)
10月16日・17日・18日
西条市の隣町である新居浜市は人口120,000人の都市で、西条市と並び豪華絢爛な祭りで有名な土地です。毎年10月16、17、18日に行われる「新居浜太鼓祭り」はもともと豊年の秋を感謝して氏神に奉納していたものでした。その起源は、平安時代、あるいは鎌倉時代までさかのぼると言われています。現在では瀬戸内沿岸にある数多い太鼓台の中でも、150人余りの男衆で差し上げられるその姿はその豪華絢爛さ、勇壮華麗なことから『男祭り』の異名を持ち、毎年約35万人の観衆を集めています。
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